「ねえ、ゲンも女の子の水着姿って好き?」
砂浜でコーラを飲んでいたゲンに質問すると、彼は盛大に噎せてしまった。
「ごめん。いきなり声かけて」
まだ少し咳き込んでるゲンの背中を擦ってあげる。
私の想像と違う。ゲンのことだから「好き好き!もしかして見せてくれるの?」って即答すると思っていた。
いや、これは想像じゃなくて期待だった。ゲンが肯定してくれるなら、この上着を脱いで海まで走れる。
杠に作ってもらった水着は文句なしに可愛い。でも自分が着るとなると自信がなかった。
ゲンならそういう気持ちも察してくれるんじゃないかと思って。だけど、こんな回りくどくて自分勝手なやり方がうまくいくわけない。似合ってる?と素直に聞けもしない自分を恨んだ。
好きな人に可愛い衣装を一番に見てもらいたい。できたら褒めてもらいたい。そう思うのって変なのかな。
「メンゴメンゴ〜ちょっと変なとこ入っちゃって。で、水着がどしたの?」
「えっと……水着が、その。ゲンさっきから向こうで遊んでる女の子達見てたから」
じゃなくて!とツッコミを入れるのはもちろん心の中だけで。
今、君の隣に立ってる女の子の服の下も水着なんですなんて言えっこない。
「水着は良いよね〜男の大半はそう思ってるよね〜」
「そういうものか……」
「って言うと誤解されちゃいそうだけど。みんなが楽しそうだから良いんだよね、こういうのって」
確かに、ゲンの言うとおり海で遊んでいる子達は男女関係なくみんな全力で楽しそうだ。
可愛い服を着て、水をかけあって、笑って。なんだか私だけ肩に力が入りすぎていたみたいだ。単純に、今できることを楽しめば良い。それだけの話だったんだ。
「あ、あの!」
「ん?」
「ゲンも向こうで遊ばない?日焼けNGでなければ」
実はというとゲンもちゃっかり海を満喫できる格好だったりする。
「俺は良いけど……。名前ちゃん濡れた時大変じゃない?その格好だと」
「大丈夫脱ぐから!待っててね」
「えっ、ちょ、ストップ!!」
思いがけないゲンの大声での制止に、私は上着を脱ぎかけたまま固まった。
「えーっとあのね。俺って結構情緒とか大事にしたいタイプなんだけど」
「はあ……」
「そんな惜し気もなく」
「ええ……」
楽しんでるのが良いと言ったのはゲンだ。だったら変に恥じらったり的外れな期待をするより、彼と一緒に遊んで楽しめたら良いと思ったのだけれど。
ゲンが、私の肩あたりでぶら下がったままの上着の襟を持って引っ張った。折角脱ごうと思ったのに、逆に着せられてしまった。
「今ちょっと引いてるでしょ」
「や、そんなことは」
「そんなもんよ?男なんて」
「そういうものか……」
さっきも似たようなやり取りをした気がする。
どうしたら良いんだろう。このままじゃ水着もお披露目できないし、ゲンとも遊べない。
「脱いだらソッコー飛び込むつもりだった?」
図星だった。開き直ったとはいえ恥じらいを全部捨てたわけじゃない。思いきって脱いだ勢いのまま水遊びに持ち込むのが目的だった。ゲンからしてみたら、それが「情緒がない」ってことなんだろうか。
「まずは見せて。それから、みんなのとこ行こ」
「み、見たいの?」
「そりゃ見たいよ」
目がマジだった。こうなることを期待してたはずなのに、顔が熱い。
「どうかな」
後ろも見せてと言われるがまま、一回転。変なことをしてる気分になってきた。
ゲンも黙ってないで、適当でもお世辞でも良いから何か言って欲しい。
「可愛いよ」
「ほんと?」
まあ、ゲンならそう言うのかなって思ってたけど!でも言葉にしてくれるとやっぱり嬉しくて、ついつい噛みしめてしまう。
「うん、ジーマーで。水着も可愛くて似合ってるし恥ずかしがってるのも可愛いし何より俺に真っ先に見せに来てくれたのが可愛い」
「やっ、そ、そこまで言ってくれなくて良いです……」
なんと、最初から全部分かっててゲンは付き合ってくれていたのだった。
一人で期待したり落ち込んだり暴走したり。全部ゲンの手の平の上だったなんて、顔から湯気が出そうだ。
地面とにらめっこしたまま何も言えない私の耳元で、今だけ意地悪な口がとどめを刺してやろうと笑っている。
「期待、してたくせに」
2021.8.30
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